2015年5月19日火曜日

ブログと年次が次のステージへ

ご無沙汰しております。


激忙しい生活してたw


このブログを移動することにしました。
みんなが使うはてなにしたよ。


名状しがたいビジネスプロデューサーのようなもの




この2カ月も嵐みたいでしたが、
無事3年目もおわって4年目になりました。


執筆機会が増えまくったり、
取材やカンファレンスも受けちゃったり、
研修で話したり、採用試験見たり、教育係になったり、
新しいプロジェクトリーダーになったり、
それとなく理系広告屋として
ひたすらひっついていた世界から、
なんとなく1歩でてきた気がしまして。




大学院生の時は環境ビジネスやりてーーー!
って思っていたけど、
やればやるほど、ITの案件も面白くて、


でもキャンペーンサイトとか
単に言われたままの
アプリ作っても全然面白くなくて、
ソーシャルゲームも結構遊ぶ癖に
いざ仕事になりそうになると
全くわくわくしなくて、
これは一体何なんだろうと考えていたんだけど、
改めて考えていたことにいきついたというか。


やっぱり自分がわくわくした瞬間は、
某社の顔認識技術を最初にみたときだし、
電子書籍のビューワーがさらさら読み込みが速くなった時だし、
スマホで歩数がとれるようになったツールを入れたときだし、
アメリカでマーケティングオートメーションツール
がどんどんでているとことだし、


ビックデータとか
グロースハックとか
これまでにないテクノロジー発の
トレンドがうまれていることだし、


それを使ってビジネスモデル精査と
プライシングやパッケージ化、
普及とユースケースの考案、
プロトタイピングと、
そのテクノロジーを社会に事業として、
プロダクトとして出して世の中が良くなっているときだなと。




つまり、結局環境科学が好きだったのではなく、
科学技術やテクノロジーを本気で好きだったということで、
それを世の中に出して研究職と営業をつなぐような、
そんな仕事をし続けていたいんだと、わかってきたわけで。


多分これがCAD図面制作機械になっても、
医療技術になっても、おれは楽しいんだなって、そう思ったんです。




だから理系的なビジネス作りというか
技術関連事業の総合統括というか
テクノロジストと話すプロデューサーというか、
今の部署名にプロデューサーっていれているっていうか、
今この世界に職種名として無い職種な気がしたので、
なんとなく、
名状しがたいビジネスプロデューサーのようなもの
ということにしました。
パクってるとか言わないでねw


また別の世界が見えるまで、上記で書いていこうとおもうよ。
引き続きよろしく。




【アーカイブ】過去の執筆活動
spotlight   2015年
グロースハックジャパン 2014年
amp.  2014年

2015年3月8日日曜日

中村洋基さんの「とある若者クリエイターの緩やかな死と、バッターボックスの間」をみて

お久しぶりです。
3月は忙しいですね。



最近気になった記事があった。
http://www.advertimes.com/20150305/article185446/

クリエイターが腐っていくのを絵にして、
じゃあどうすればいいのかという記事だった。


自分も1か月前にこんなエントリーを書いたのだけど、
http://watari2487.blogspot.jp/2015/01/blog-post_31.html

まさにこの上記記事に書いた背負うというのが、
「バッターボックスに立つ」と言うことなんだと思う。

とても根深い問題だなと思った。



中村さんの記事見たく、面白いお題になりうる中でも、こんなに中で競争がある。


他にも会社としてもいつも花形な案件ばかりではなく、面白くなくて、そもそも花開かない、そもそも評価されないような筋の悪い話もたくさんある。


広告代理店だってそうだし、
商社とかにも話を聞いていると、
こういうのはよくあるようだ。


こういうことを持ってきて振っている担当者は
自分の罪を自覚した方がいいのだけど、
それがないことも問題だと思うし、
大企業でいきると決めた時点で、
ある程度仕方がないと思う。




あと、これは言い方によっては冷たく見えるけど、
大成するかどうかって、
結局、能力・才能と運のせめぎ合いなんだと思ってる。


さっきの記事も正直仕事貰えるようにやり方の発想転換に至って、
デジタルのディレクションができる時点で、
書いた中村さんも天才なのではないの?
と言う感じだったりもする。


運と言うのも、そもそも良い案件や良い先輩にありつく必要があるということだ。


才能が無いのにうまくいっていると言う人は運がいいか、
本当はコミュ力とか調整力とか業務と関係が直接見えにくい才能がある場合がほとんどだし、
人は能力と才能に限界があると思う。
努力は必要条件。能力と才能は十分条件だとおもう。


クリエイティブの話で中村さんの記事は書いてあったけど、
ほんと今の会社は手前味噌だけど、面白い人がいっぱいいるけど
いまいち活かせていないと思う時がある。

>ぼくの前職、電通をはじめ、広告代理店のクリエイティブという人間は、ほぼ全員が超優秀であ>り、メチャクチャおもしろい。「なんでこんなすごいやつを知らなかったのか」と思うくらいだ。なぜ>彼らがなかなか頭角を表さないのか?

>原理原則は、
>とにかくひとつでも多くバッターボックスに立つこと。
>そのための工夫を、どう凝らすかだ。
>バットは振らなきゃ当たらない。
10億円のBIGは、買わなきゃ当たらない。

実は僕は最近バッターボックスにかなり強引に立つ方向に舵をきっているんだけど、これがどうでるか、ちょっと様子を見てみようと思っている。

2015年1月31日土曜日

背負う力は育てられるのか。

ここ最近、結構まとまって
部や局の人と結構話していく機会が多かった。


大体その中で、
あいつはあーだこーだと、
その場にいない個人への
賞賛と批判が鋭意繰り広げられるのだが、
結構特徴的でどの会にも共通する話があった。


能力やスキルよりも

逃げないこととか、
責任を持てることが、

重要という結論にどの会も帰結していたことだ。



新規事業で今までやったことがないことを事業としてやっていく時に、
まあまあ小さい事故から理解できないレベルのトラブルまで、
往々にしてちょくちょく起きるわけだけど、

現場でも自分は逃げてしまい、後輩(あるいは先輩)にお任せになってる人とか、

プロマネなのにめんどうを人に押し付けている人とか、

部長や管理職なのに有事の際に逃げる人とか、

役職関係なく自己保身にしか興味が無かったり、
ちょっと押されたらブレブレの人とか、


もちろんそんなやつはどの組織にとっても必要ない
と断言できるのだけど、
特にみんな他の要因よりもそれを重きにしていたのだった。

*もちろん自分で抱え込みすぎることと、
 責任を持つことは違うので、そこの理解も大事だとは思うけど。

前の自分の部の部長が
「背中に傷がある人の方が信頼できるだろ」
「背負えよ!!(しょえよ)」
と上記の話と関連することを、連呼していたのを思い出した。


でも一方そんな中で、
これを後天的に育成できる方法を
早急に考えた方がいいと思った。


やっぱり大企業なので、新人や途中から来た人に
任せきれなかったり、上や周りが自分たちでやってしまって、
彼らが育たなかったら価値がなくなってしまう。

権限移譲をもっと意図的にやってあげる方がいいなと思ったし、
スキル自体が未熟でそもそも任せられないなら、
そういう部分を先に強化すべきで、
その後に各種案件をしっかりと権限を持たせてやらせていくべきだと考えていた。



元々のセンスや性格にそれが依存するものだったらどうしよう
という杞憂も今はまだ晴れていなくて。
試していくしかないと思った。

2015年1月11日日曜日

首尾や要領が悪いという言葉だけで逃げてはいけない

仕事始めですね。
3連休が全部出社になりそうで若干しゅんとしています。



俗に言う「新規事業部」と題されているところにいると、
共通言語への理解や元々の流れに沿っていない分わかってもらえないことがあってつらかったりすることがある。

例えばエンジニアはお金の考え方を人日で動くことが多いけど、
広告制作会社は納品をベースに動いていくから、
開発が伸びたり、元々の仕様よりちょっと機能が増えた時に増額するとイライラする人がいる。

新しい事業でアプリをつくろうってなった時にも、
知らないSDKを入れて、これまでにないアプリや特殊な動作をするものをつくろうと言った時の値段感と、キャンペーンサイトの値段感が一緒なんじゃないかと誤認する人がいたりする。

こういう時に
「ああ、こういうものなんだ」
っていう共通言語や歩み寄りが
プロジェクトの中でないと、
うまくいかないことが良くある。

他にも頓珍漢な与件を営業としてもらってきてしまい、
自分で処理できずにこっちに投げてきたりとか、
そういう人も少なからずいる。

そういう人は払い先にもいるし、クライアントにもいるし、
社内にも部署も上司も後輩も問わず正直いて、
彼らのことを
「なんかあの○○って首尾悪いよね」
って小バカにして切りたくなってしまうことが正直言って良くあるし、
先輩たちもたまに言っている。



でも最近は、基本的には
彼らの理解が無いことが問題なのであるけれども、
どう説明を果たすのか、
関係先の1つとして向き合って行くことで、
より創発的なことができるようになっていくのではないか
と思うようになった。

ああこいつ要領悪いわー
⇒みんなちょっとずつその人から離れていく。
・会社にいた場合:彼は売上に寄与しない窓際かお荷物になる。
・払い先にいた場合:そもそも案件が進まないから別の会社を探す。
・クライアントにいた場合:彼じゃないルートが手に入らないと新規が取れない。

結構見捨てるメリットは
僕自身がめんどくさい以外は
あまり無いのかもしれない
とおもったわけ。

彼らが生まれ変わるのかどうかは、
また今後トライアルが必要だけど、
広告会社ということでコミュニケーションのプロとして、
そういうことへも向き合って行くことや、
新規事業部として説明責任を果たしていく上でも、
やっぱり大切なのだろうなと。
社会全体から見ても生産的なのかもしれない。

だから、コミュニケーションはコストなのだけど、
こちらもちゃんと歩み寄っていくことが、
相手の理解を深めて、
最終的な経済的効用を最大化できるのではないかと、
感じたわけです。
・・・節度はあると思うんだけどね。


こういうイメージや試しの想定を置いて議論するのを、
「思考実験」という言葉にして使っている今お世話になっている人がいて、
(そのときはこのブログのレベルよりもはるかに高い複雑系の話だったが。)
面白い言葉だなあと思ってる。

よい休日を。

2015年1月3日土曜日

情報環境とスパムのおいかけっこ―女子を不幸にする男子の特徴「初詣でお賽銭を小銭で入れる男子」

この記事が今とてもバズっているらしい。




女子を不幸にする男子の特徴「初詣でお賽銭小銭で入れる男子」
http://buzz-plus.com/article/2015/01/01/hatsumode-renai/


こういうどうしようもないのがいるから、
ネットメディアの価値や市民権が中々上がらないんだろうな。
と思わさざるおえなかった。






著作権的には全く問題なく、
拡散する性質を活かしてPVやUUを稼いでも、
この先に広告を出稿したいと思う広告主はいないだろうし、
代理店としても売りたくないだろう。


こういうメディアと真面目にやってるバイラルメディアの価値が一般の人には同列になってしまう。


初期の2chの時、今ももちろん若干はそうだけど、落書きで当初くだらないスレッドと関係ない芸能人のスキャンダルとかコピペではりまくった書き込みをいちいち拾う人がいて、中々スレッドが進まないっていうのがあって、やっぱり時間がたっていく中でユーザーのリテラシーがあがっていくんだなーって元の板を比べてみてかんがえたことがあったけど、


まさに同じようにこういう記事を全員がちゃんとスルーして、
情報を正しく取捨選択するリテラシーが
ソーシャルメディア上でも求められているとおもう。


中学校のとき初期のi-modeが全盛が始める少し前、
チェーンメールとかアダルトサイトのワンクリック詐欺が
たくさんあったのもなんとなく思いだした。
(これも今もあるはあるのだけど。)




学校でこういうこともちゃんと教えていくべきだよね。


さっきの記事を拾って
自分のFBに書いていた人がおれと同世代よりも、
相対的に自分より上~40代か学生に2極化していたのも
なんとなく特徴的だった。


年下か、却って抵抗やリテラシーがない大人がつられてしまっているわけだ。




こういう低レベルなスパム(ってほど別に悪質ではないものも含めて、ちょっとくだらない部分につられる現象)が横行するのって情報の授受を行う環境が変わるときにいつも起こる問題なのかな。

2015年の目標―選択と集中

新しい年になりましたね。




今年は選択と集中をして、
分野を絞りながら、
成果をちゃんと出していく一年にしたい。


基本好奇心や周りの都合で
手広くやってしまう傾向があるけど、
そろそろ社会人3年目も終わりにさしかかっているので、
結果を出していきたい。


1年目の終わり(会社を経営している時間をいれて3年目)は、
論文の入選と、独力でクライアントからちゃんと案件をとれたから、
今期も1つの節目としてこだわっていきたい。




局内の異動でプロジェクトがいくつか絞れたので、
よりやりたいことであり、役に立つことで専門性を磨いていきたい。


ITとか環境関連の技術者・研究者と
営業等インターフェース担当者との間を持つディレクターとして、
エグゼキューションをきわめて行こうとおもう。




今年もよろしくお願いいたします。

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