2014年12月13日土曜日

他派を排除する事業者の哲学と宗教は本質的なのか

最近
「地域活性」
とか
「ベンチャー支援」
と題されるプロジェクトにいくつかにまたがって、
ご相談をいただいたり、
複数入れてもらえることがあるのだけど、
イマイチわかってないことがある。



上記のジャンルは、
自分のスキルセットは間違いなく活かせると言う確信があるし、
業界では全然一番ではないかもしれないけど、
ぺーぺー野郎なりにちゃんとバリューを出す自信があるから、
この手の話に代表者から中心の1人として、
ちゃんと尊重して混ぜてもらえることは、
大前提としてとてもうれしいし、大変ありがたいし、すごく名誉だなとおもってる。

そして、社会にとっても良い取り組みだと思うし、
ぜひそういうことに向き合っていけたらと思う。


一方でこの記事を書こうと思ったのは、
彼らの中に他派への理解に対する恐ろしいくらいの配慮や欠如を感じるからだ。
本格的に自分のキャリアをかけている人ほど、この傾向が強い。


例えば地域活性のPJに何個かいても、
「いや、あのプロジェクトは地域に深く入れていない・・・・。」
「あいつらはよそ者で考えなしにズカズカ地域を荒らすからわかってない・・・。」
「彼らは・・・視点で地域を見ているのが気に食わない。」
「地域を食い物にしているのがダメだと思う。俺たちは・・・・。」

とお互いがお互いを自分が一番正しいと思って否定というか批評し合っている。
おれは複数に入っているから、代表者の考えもそれなりには理解できているけど、とても真摯だし、良いではないかと思う。


いや、余程ひどかったら、さすがに止めたりするけど、そんな要素は全くなく、みんなその領域の成長には寄与したいと思っていて、プロセスやスピードやスタンスが違うだけだ。


こんなのは
・相手の地域の方々がどう感じるか
・結果として何をしているのか
が全てで、事業者お互いの評論なんてどうでもいいわけで。


例えば今、ある大手広告代理店で働いてるが、博報堂の生活者発想のクリエイティブや広告プランニングも尊敬できるし、かっこいいし、勉強になると思うわけで、なぜそういうのを強く互いで否定し合っているのが、若干理解に苦しむ。


プロとしてこだわることは美しいけど、
そこで求めるべきはプロとしてのスキルと能力と
全て社会と相手へ還元される結果と成果と実力と見合った報酬であって、
ビジネスにおける市場へのスタンスや思想はもっとリベラルで許容されて尊重し合った方が、見識や考え方が拡張されて結果的に取り組みやマーケットが大きくできるような、そんな気がするんだ。


ある種スポーツマンシップみたいな。
同じところで敵ながらあっぱれ!だと思いあうのが、
その市場を活性化させる上でももっと大切だと思うわけです。


だからおれは地域にもベンチャーにもちゃんと還元できるデジタルスキルとビジネスエグゼキューションを提供して、純粋にその人達がありがたいと感じることだけを追求していきたいし、並列して存在している類似の取り組み組織も尊重して、橋渡ししていきたい。

元々どちらも大きなマーケットではないのだから。
それとも僕が無神論者なのと関係があるのでしょうか。

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