2012年9月30日日曜日

枠の持つ限界値

今日はアプリのコンテストがあったらしい。


すごく優秀な意識の高い学生がたくさん
集まっていただろうし、
きっと良質なコミュニティなんだろうなと思う。


大学院の時やっていた会社でも、
学生の成長機会としてこれらの大会的なものに
何度か協賛をさせてもらったことがある。

でも、一方で、
実はもっともっと上のレベル(能力)だった人間、
突出し得る人間にとっては、

それは機会提供であると同時に、
ある意味では限界を作ってしまうものなのではないかと思っている。


そのコンテストの優勝者は確かに称賛されるだろうし、
きっとその人の成長にもなっているだろうし、
友達もできただろうし、
有意義とは言えると思う。

でも本当はアイデアとか実装能力とか、
企画力とかプレゼン力とか、

全部その辺のクソ会社員なんかよりずっと上だと思うのだけど、

その彼は「学生のコンテストの優勝者」
になってしまって、

結局、
「すごい学生」
っていう枠に入ってしまう。
そして新卒採用で会社に入る。

コンテストっていうものやコミュニティ、イベント自体がある意味、
その人を正しく社会的に評価できる軸、意味、尺度を提供する場がない可能性を
孕んでいる。

その人の能力の限界まで正しく測れる場をあげたいし、
本当は個人個人でそういう能力に対しての
正しいアウトプットを出せるような社会にしたいなあと思う。


今おれの入っている枠はとても広い枠なので、
事足りてしまっているのはそれはそれで良くない、
いや、ある意味でいいのかもしれないけれども、

おれもそういう仕組そのものを作れるような人間になりたいとこです。

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